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栃木県益子町在住の陶芸作家・栗谷昌克のオフィシャルサイト

「しもつけ随想」



昨年末、栃木県の地元紙「下野新聞(しもつけしんぶん)」様から週刊で掲載しているコラム「しもつけ随想」への執筆依頼をいただきました。
正直、自分にはまだ難しいのでは?と思いましたが、これもまたいい機会かとお受けすることにしました。

 
計4回の掲載でした。
第一回:2012年2月20日
第二回:2012年3月26日
第三回:2012年5月14日
第四回:2012年6月25日

テーマはすばり「作家という仕事]についてです。
これからの世の中での作家の在り方について、自分が思ってきた事、最近感じていることを自分の色々な活動を通して伝えていければ、と思っています。
お暇な方はもし良かったら読んでみてください。
感想をおまちしております。(感想はContactのページからどうぞ)
 


第一回 「陶ISM」

※紙面では字数の関係で若干文章の構成(句読点や改行等)が変わっていますが、ほぼ紙面と同じ内容です。

 
 
 


「焼き物が売れにくい時代」
という言葉をよく聞くようになった。
だが、逆にこれが普通の状態ではないのか。
 
作家になるためには特別な資格が必要なわけでは無い。 結果、絶対数は増え続ける。
ところが実はその仕事を支える安定した顧客が存在しない。近年不景気と言われようになり、ようやく現状が浮き彫りになったのではないか。
 
近年増えている若手を中心とした、いわゆる「作家」と言われる存在。
そのほとんどは「美術家」でもなく「職人」でもない、その活動の基盤も何もかもが曖昧な存在だ。仕事の成功の形もこれまでは権威やマスメディアに寄り添うイメージが分かりやすかったのだが、情報量が増大し、個人の価値基準が多様化している現代ではそれも実に危うい。
 
ではこれからの世の中で「作家」という仕事はどうあるべきなのか。
私自身作家として常に持ち続けていたテーマである。
 
「陶ISM」はそれに対する一つの提案だと思っている。
 
陶ISMは陶芸業界を盛り上げる目的で益子・笠間の若手作家が中心になって発起。 
全国の若手作家・ギャラリー・ショップ・オーディエンスを繋げ、様々な企画の発信や、個人単位での仕事構築を可能とするための情報共有の「場」として存在している。 
主な活動はイベントと登録者の情報発信を行うウェブサイト運営の二本柱。実行委員長は益子の同年代作の二階堂明弘。私は現事務局長兼サイトの管理人をしている。 詳細は 「陶ISM」 でネット検索していただきたい。
 
きっかけは2008年11月。
私の個展会場に来た二階堂君の「全国の若手を集め、益子で陶芸界を盛り上げる企画をやろう」という一言だった。
彼の熱意に触れ、私も行動の機会を得た。
仲間集めから始まり、何もかもが手探りの準備だったが、すべては仲間達と協力者の想いでここまで作り上げてきた。
 
陶ISMは派閥的な団体でも利益団体でもない。その存在の意味、生かし方は参加する個人に委ねられている。
 
私は陶ISMの活動を通してこれからの「作家」の可能性、陶芸業界の在り方を皆で模索していきたいと考えた。
 
冒頭「作家は曖昧な存在」と書いたが、逆にやり方次第で既存の価値観や枠組みに囚われることの無い、新しい仕事空間を構築できるとも感じている。
また、SNS等の活用でそれが実現しやすい環境が世の中に整いつつある。
 
陶ISMは徐々に登録作家・企業も増え、やがてその繋がりを生かした企画の発信も増えた。何より人と人の気持を繋ぐことが個々の仕事に繋がる事が嬉しかった。
 
私が考える仕事の形はこの活動の先にあるのかもしれない。そう思えるようにすらなっていた昨年3月11日、東日本大震災が起こった。
 
その経験は私の活動に新たな展開をもたらすものとなる。

2012年2月20日掲載

第二回 「益子焼データベースプロジェクト」

※紙面では字数の関係で若干文章の構成(句読点や改行等)が変わっていますが、ほぼ紙面と同じ内容です。

 
 
 


「陶ISM2011」の開催を十日後に控えた日に東日本大震災は起きた。
その経験はこれからの生き方、仕事の在り方について改めて深く考え行動する機会となった。
 
発生後、自分の状況が少し落ち着くと仲間達や益子全体の被害状況が気になり、半ば衝動的にカメラを持って友人・知人の家を訪ね被害状況を撮影し話を聞いて回った。 
薪窯の倒壊が相次ぐなど益子でもその被害は甚大だった。 
 
被害状況の記録は後々必要になるはずだという確信があった。
だが、いざ調査を進めようとすると益子の作陶者の連絡先をまとめた基礎データが存在しない事が分かった。
震災は自分の周囲の問題点をも浮き彫りにした。
必要な情報を必要な時に相互間でやり取り出来ない事の不自由さと不利益さ。
これは災害時のみではなく、益子全体の抱える大きな問題だとすぐに理解した。
と同時に自分の中で何かが繋がるのを感じた。
 
この状況を改善し、さらに次に繋げようと益子内の行政、各団体、作家の有志が集って始まったのが「益子焼データベースプロジェクト」だ。
簡単に説明すると、益子内の作家・ショップの情報をデータベース化し、ソーシャルネットワークを構築。危機管理体制を整えると共に様々な情報の共有化を目指し、結果として今後の益子焼全体の活性化に繋げようというプロジェクトである。
 
4月からの新体制の中で私はデータ管理と情報発信のためのウェブサイト運営を担当する。
震災がきっかけとはなったが、私の中でこれは陶ISMと同じ「作家」の可能性を模索する活動の延長線上にある。共通しているのは「個」の発信力を高める事とそれを「繋げる」事。
 
作家という仕事は常に一人、自分自身と向き合う「個」の仕事だ。
それ故の強みと弱みがあるが、今後はより「個」の強みが生かされる世の中になっていくと感じている。
これからは作家自身が自分の仕事のプロデュースを真剣に考え、行動するという事が大切だ。結果としてそれは作品に纏わりつく余計な「色」を可能な限りそぎ落とし、作品そのものの評価や売買の本質に立ち戻る事に繋がるのではないだろうか。
大きな力や不自然に張り巡らされた仕掛けに頼ること無く個人の仕事が成り立つのならばそれが何よりもいいはずだ。
 
最近、個人の持つ可能性やコミュニティーが自然な繋りを作り、広がってゆく仕事の形が増えている。
最近のテクノロジーの進歩がその流れを後押ししている感覚があるが、実はこれは現代社会が見失った本来の仕事の在り方への原点回帰ではないだろうか。  
 
「陶ISM」や「データベースプロジェクト」は個人のスキルの差や世代間のギャップを補い、「個」を「繋げ」広げるためのサポートツールだ。
 
「何故それをあなたが?」と思う方もいるだろう。
それについては次回書こうと思う。
 

2012年3月26日掲載

第三回 「作家として その1」

※紙面では字数の関係で若干文章の構成(句読点や改行等)が変わっていますが、ほぼ紙面と同じ内容です。
 

今回は私自身の事を少々。
私は陶芸作家。
これは変わることはないだろう。
だが、陶芸作家である前に一人の作り手。それ以前に一社会人。この意識はとても大事だと思っているし、仕事においては自分を誇示するというよりは陶芸を通して社会と向き合っているという考えが最近強い。  
 
作家=表現者というイメージには正直、違和感を覚える。
別に定義づけをしたいわけではないが、表現という要素も含む仕事の形態の一つ、というのが個人的な考えだ。
「仕事」は一人の人間が世の中とどう向き合っていくかという事に繋がるが、「表現」は必ずしもそうとは言えない。 単に自己満足で終わる場合もあるからだ。
何かを作るという事は何らかの貢献を可能にするものであってほしいし、自分自身の満足は他者を通して得られる物でありたい。
 
2000年、地元秋田での仕事や生活を捨て単身益子にやってきた。
それは陶芸を一生の仕事にしようと決心した人生のターニングポイントだった。
だが、益子という地で陶芸の世界に触れたときから実はすでに漠然とした違和感のような物を感じていた。
当時はうまく表せなかったが今なら言葉に出来る。
それはこれからの社会での「作家」という存在の曖昧さや危うさだった。
そして現実としてこれまでの作家の在り方には行き詰まり感が感じられる。
 
物の価値や評価の在り方、人と人の関係。今、世の中のありとあらゆる部分で大きな変化が起きているのを感じる。 物作りの現場においてもそれは大量消費の考え方が一回りした後の新しい流れになるだろう。 あるいは原点回帰なのかもしれない。 一つ一つの仕事が、生み出される物がより個人に寄り添い、人と人の自然な繋がりの中で巡っていくイメージが浮かぶ。
 
私自身、世の中の変化を肌で感じながら作家として常に自問自答してきた。
単に「よい物を作る」という漠然としたイメージだけに支えられた価値観の押し売りをしてはいないか?
誰かが作った物差し上の評価に当てはめていないか?
そもそも「作家」という肩書きに甘えはないか?
 
今後、作り手一人一人が自分の仕事の本質を見つめ直す必要に迫られるはずだ。それは大変な事だ。
だから変化の過程においては何かしら根底を支えるシステムや役割が必要になる。
いつからかそんな事を考えるようになった。
単にきれい事や善意だけで動いているつもりはない。
それを考える事も私自身の物作りのひとつの形だと思っている。
ただ、私の場合はその中心に陶芸があり、作家として陶芸を通して社会と向き合っている。ここがぶれてはいけない。
 
この世の中の変化はきっと物作りの現場においても良い流れであると信じている。
要はその変化を個人がどう受け止めていくかが大切だ。
私は私なりにそれを受け止めて行動しているに過ぎない。
 
 

2012年5月14日掲載

第四回 「作家として その2」

※紙面では字数の関係で若干文章の構成(句読点や改行等)が変わっていますが、ほぼ紙面と同じ内容です。
 

このコラムも今回が最後。 一貫してきたテーマはこれからの時代における「作家」という仕事の在り方について。(今までの文章は私のホームページにアップしています。よかったらご覧ください) 
 
数年前、陶ISMを始めた時には現状への危機感や不満のような物があり、何かを自分達の手で変えていくんだ、という気概のようなものがあった。
もちろん今もそんな想いはある。
ただ最近感じるのは、自分たちの意思がどうの、という以前に世の中はすでに大きな変化に向けて舵を切っている、ということだ。
そこに気がつくと陶ISMにせよ、Mashiko-DBにせよその活動は世の中にメスを入れて何かしらの変化を導き出していく、というよりは、世の中の変化に向けて自分達の足場を整えて行こう、というものであることが分かってくる。
 
世の中の変化と何なのか?思うにそれは簡単に言えば、人の暮らしの中のすべてにおいて何が大切で何を必要とするかの根本的な価値基準が大きく変化してきている、という事なのだと思う。
その変化の原因はやはりインターネットの出現と普及。
情報が増え、誰でも世の中の仕組みを簡単に知ることが出来るようになった結果、今まで信じてきた成功の形、自己実現の形がぼやけてしまった。そして世の中は新しい価値基準を探し始めた。
簡単に言えばそういったところか。
 
物作りの現場においては今までの作品の評価や、売買の仕組みは今後大きく変わらざるを得ない。
今までのやり方や基準が無くなるわけではないだろうが、価値観の多様化が進む中、それらは絶対的な意味を失い、選択肢の一つになるだけだ。
 
今後どうすれば作家として個人の仕事が成り立つのか?という問いにははっきりとした答えは出せない。ただ、規模の大小では無く、より純粋に作り手の熱意と買い手の欲求が結びつく形があってこそ初めて仕事が成り立つ時代になるはずだ。そして「ものを作る」という事の本質は、より原点に立ち還るのだと思える。
 
生活を支えるテクノロジーは増々進化し洗練されていくが、その中ではより人肌のコミュニケーションが重要になり、仕事は関わるコミュニティーの中で交換しあう対価により成り立つ。そんな時代になっていくのだろう。
それらは考えようによっては今までは出来得なかった個人の仕事の可能性が広がっていく事にも繋がるし、そこには個人である事の特異性が生きてくる。
 
私はこれからの時代は物作りにとってよいものであると信じている。
何故なら厳しくともより仕事の本質が問われる時代になると感じているからだ。
私はその変化の中で自分に何が出来るのかを模索し続けている。
そしてそれが私の作家としての物づくりの形であると感じている。

 
2012年6月25日掲載